今回は航空機事業部の主力製品である「飛行艇」の歴史をご紹介します。
<はじまり>
戦前から、当社の前身である川西機械製作所、川西航空機は水上機や飛行艇を数多く設計・製造してきましたが、終戦後に一旦禁止された航空機製造が解禁された後、既存の飛行艇が抱えていた「波浪に弱い」という弱点を克服した新型飛行艇をつくろうと、開発に着手しました。(上の写真は川西時代に製造した飛行艇「二式飛行艇」です)
【1950年代後半~1960年代】
荒波でも安全な離着水を可能にする「溝型波消装置」「高揚力装置」を開発した当社は、基礎設計が完了した後、アメリカ製の機体を用いた実証実験を行いました。その成果に確信を持ったうえで、新たな飛行艇開発に関する契約を防衛庁(当時)と締結しました。
【1970年代~1980年代】
幾多の飛行試験を重ねた後、新型飛行艇は海上自衛隊の制式機として採用されました。同機は「PS-1型航空機」と命名され、対潜哨戒機として活動しました。この間に、海難救助用途として並行して開発を進めていた“水陸両用飛行艇(水上・陸上いずれにも離着陸できる機体)”を製品化した「US-1型救難飛行艇」の初号機も防衛庁に納入しています。後に、同機を改良した「US-1A型救難飛行艇(以下、「US-1A」)」も手掛けました。
【1990年代~】
当社を主契約者とした「US-1A」の改造開発が決定。新規開発に匹敵する困難な開発過程を経て、2000年代初頭、初飛行に成功しました。この機体は、「US-2型救難飛行艇」と命名され、現在も後方支援活動や人命救助などで広く活躍しています。
“もっと知りたい”と思った方は、ぜひ当社の歴史映像や航空機サイトの「飛行艇開発ストーリー」をご覧ください!
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