モノづくりの歴史

ダンプトラック Dump Truck

1946年

  • 1946年 「川西モーターサービス部」設置
    (特装車事業の発足)

    終戦直後、鳴尾飛行場の跡地で、西日本のアメリカ陸軍の車両整備が行われていた。当初はアメリカ軍部隊が行っていたが、兵士の帰国に伴い、日本にその対応が求められたことから、「川西モーターサービス部」(特装車事業部の前身)を創設し、本格的に軍用自動車の修理を手掛けるようになった。

  • 1949年 ダンプトラック第1号が完成

    修理を手掛けつつ、次の時代を目指す準備が着々と進められる中、「自動車を手掛けるならダンプトラックが面白かろう」と、1949年、ガーウッド社(アメリカのダンプトラックメーカー)の部品を組み立て、記念すべき第1号となるダンプトラックが完成。その後、独自のシリンダー用ギアポンプも開発し、高品質で壊れにくい「川西のダンプ」の地位を決定づけた。

    ダンプトラック第1号が完成
    ダンプトラック第1号
  • 1951年 「三転ダンプ」生産開始

    ジェーン台風や進駐軍の撤退に翻弄されつつ、当社はダンプトラックの製造に将来の夢を託した。1951年には「三転ダンプ」を製品化、翌1952年にはアルゼンチン向けに初の輸出も果たした結果、時代の追い風と関係者の努力も奏功し、同年に黒字化を実現する。

    ▲輸出第1号となった「三転ダンプ」
    輸出第1号となった「三転ダンプ」
  • 関東進出

    当時の幹部の英断により、1954年には東京工場を開設。翌年に受注したビルマ(現ミャンマー)向けダンプトラックを期日通りに完成させ、難関の輸出検査にもパスしたことから、関東でも「川西のダンプ」の認知度は急速に上昇していった。

  • 1950年代後半 小型ダンプトラック開発

    1950年代後半、小型ダンプトラックの需要が次第に高まり始めた。1962年、当時小型トラックを製造していた二大シャシメーカーとの取引を視野に、広島工場を設立するとともに、広島・山口・島根三県のディーラーから受注を獲得するべく全力を注いだ。

  • ダンプトラックの大型化

    1965年ごろからは輸送の合理化を目指して大型化が進み、主流が2トン車・6トン車から、4トン車・8トン車へと変化した。また、トラックの需要増加により既存工場の生産能力は限界を迎えていたことから、4トン車・8トン車の量産ダンプ専門工場として、1966年に寒川工場を開設。
    その後、車両はさらに大型化の道をたどり、新たに10トン車が脚光を浴びるようになると、これに対応する拠点として、1970年、栃木県に業界最大規模となる佐野工場を新設した。

    10トン車ダンプトラック(1969年)
    10トン車ダンプトラック(1969年)
  • 1971年 「天突きダンプ®」(マレル式ダンプ)開発

    このころ、特装車に対する根強い需要を背景に、フランスのベン・マレル社と技術援助契約を締結し、新たにマレル式ダンプを商品化した。従来のガーウッド式より強度・安定性に優れた新型ダンプを「天突きダンプ®」の名で1972年に量産を開始し、発売。これが好評を博し生産量が増加、現在につながる主力製品となった。

    「天突きダンプ®」
    「天突きダンプ®」
  • 「川西のダンプ」から「新明和のダンプ」へ

    時代のニーズに応え、さまざまな特装車を生み出してきた「川西モーターサービス」は、「新明和工業」として歩むべく1983年に特装車事業部として新たな一歩を踏み出した。営業体制を強化した新体制のもと、これまで培ってきた技術を生かした新たなダンプトラックを創出した。

  • 1989年 「ローダーダンプ」

    ダンプトラックとスライドボデーの技術を融合し、1台で土砂と建設機械の運搬が可能。工事現場などで活躍している。

    「ローダーダンプ」
    「ローダーダンプ」
  • 2004年 「スライドデッキ」

    床面に敷き詰めたレールユニットを後方にスライドすることで、ボデーをダンプアップせずに積荷の排出が可能。燃料用チップなどの運搬に適しており、今後普及が予想されるバイオマス発電分野にも対応。

    「スライドデッキ」
    「スライドデッキ」

これから

トラックのEV化や働き方改革といった社会の変化にタイムリーに対応し、付加価値の高いダンプトラックの創出に努めます。

現在のリヤダンプトラック
現在のリヤダンプトラック

これから

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現在のリヤダンプトラック
現在のリヤダンプトラック
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