飛行艇開発ストーリー

US-2(開発機体名称 US-1A改)

PS-1の受注を1966年に、US-1は1973年と短いスパンで新規開発を行ったことと比べると、後に「US-2」と称される「US-1A改」の開発決定は、US-1の開発から20年以上も経った1996年のことでした。同年10月には、当社に主契約会社指名の通知が届き、川崎重工業株式会社、日本飛行機株式会社、三菱重工業株式会社の協力を得て「US-1A改設計チーム(US-1A Modification Engineering Team:通称USMET)」を編成し、開発をスタートしました。製造には、国内約1,500社が参画し、国内の航空機関連産業が一体となって取り組む大プロジェクトとなりました。
名称こそ、US-1Aの「改造開発」でしたが、「離着水時の操縦性改善」「搬送者の輸送環境の改善」「洋上救難能力の維持向上」という3大課題をクリアするという、新規開発に匹敵する苦労がありました。
救難飛行艇は、荒海に着水しての人命救助を主目的とした機体であるため、着水重量の厳守は絶対条件で、開発の最大の難関は重量軽減でした。最終的には、最大離着水重量43トンと、目標重量をやや下回る域に達することができましたが、その陰には各担当部位において、グラム単位の削減策を積み上げていくという、血のにじむような苦労がありました。そして、2003年4月には試作1号機の総組立が完了し、ロールアウト式典を実施。同年12月には、初飛行試験に成功しました。
開発着手から約8年の時を経て、2004年3月に試作1号機、同年12月に試作2号機を防衛庁に納入しました。その後、防衛庁による技術・実用試験を経たUS-1A改は名称を「US-2型救難飛行艇」に改め、防衛大臣の部隊使用承認を経て2007年3月に正式に部隊配備されました。

写真:US-1A改 初フライト、離水

US-1A改 初フライト、離水

写真:US-2 量産初号機

US-2 量産初号機