モノづくりの歴史

ごみ中継施設 Refuse Transfer Station System

1974年

1960年代後半、経済成長がかげりを見せる中、さまざまな特装車を世に生み出してきた川西モーターサービス(特装車事業部の前身)は、「製品の機能を組み合わせることで、効率的な輸送を実現できないか」という思いに立ち、次なる成長に向けた策を模索していた。こうした中、社会の発展に伴って深刻化し始めたごみ問題に注目し、他社に先駆けて「収集」と「輸送」の機能をつなげた新製品「ごみ中継基地」の構想を打ち立て、研究に着手した。

  • 1974年 開発センター(当時)に
    「ごみ中継基地」のモデルプラントを建設

    フランスのベン・マレル社との技術提携により、中継基地の核となるごみ圧縮機能装置「コンパクタ」を開発し、モデルプラントを建設。そこに塵芥車「スピード・ パック」と新たに開発した脱着ボデートラックなどを組み合わせ、現在のごみ中継施設の原点となる「ごみ収集輸送システム」が誕生。構想から約5年の歳月を経て、「ごみ中継輸送システム(中継基地方式)」「ビル用ごみ収集輸送システム」など4パターンをラインアップし、受注活動を開始した。

    1974
  • 「ごみ収集輸送システム」トップシェアへ

    受注を始めてから納入実績は伸長し、さらに販路を開拓した結果、「ごみ収集輸送システム」の認知度は向上。中でも、「ビル用ごみ収集輸送システム」の基幹部分となる「ごみ処理設備」は業界トップの地位を確立。

    1976年、納入第1号となったビル内「ごみ処理設備」
    1976年、納入第1号となったビル内「ごみ処理設備」
  • 1979年 京都府城南衛生管理組合
    ごみ中継施設が竣工

    欧州から導入した「コンパクタ」に、特装車製造で培った油圧技術を用いて自動化を図り、省力化と安全性の両立を実現した結果、人手では難しい微妙な制御も可能に。さらに、日本のごみの性質(高含水率)に合わせて改良開発した家庭ごみ対象の「コンパクタ・コンテナ」を含む、「ごみ中継施設」第一号を京都府城南衛生管理組合に納入。

    1979
  • 海外市場への積極進出

    1984年、製品の性能の高さやバリエーションの豊富さから、「ごみ収集輸送システム」の中でも、特に中継基地方式は市場占有率6割を獲得するまでに成長。こうした背景から、1993年に環境事業が特装車部門から独立。また、安定した売上獲得を目指して海外市場にも着目し、東南アジアへの進出を果たした。

  • 1999年 ジャカルタ市(インドネシア)向けごみ中継施設納入

    海外での初納入実績となった施設。都市ごみ(家庭から排出されるごみ)を処理対象とし、コンテナを積んだセミトレーラーをコンパクタに接続してごみを詰め込むセミトレーラーコンテナ式を採用。

    1999
  • 2002年 クアラルンプール市(マレーシア)向けごみ中継施設を竣工

    ジャカルタ市での実績を生かし、事業としても成功を収めた施設。ここでも都市ごみを処理対象とし、セミトレーラーコンテナ式を採用。

    2002
  • 2009年 上海市(中国)からごみ中継施設を受注

    当社史上最大規模のごみ中継施設。予めコンパクタでごみを圧縮し、ブロック状にしてコンテナ内に詰め込むプレ圧縮方式を採用。

    ▲ワンザオバンごみ中継施設
    ワンザオバンごみ中継施設
    ▲シープーごみ中継施設
    シープーごみ中継施設
  • 日本社会の課題解決に貢献

    着実にアジア地域で実績を積む一方、国内においても人口減少や過疎化などを背景に、ごみ処理場の統廃合に伴う広域化が進んでおり、これに対応したごみ中継施設が求められるように。

  • 2015年 遠野中継センターを竣工

    岩手県内の3市1町を対象とする大規模広域化に対応。設備の高さを低く抑えることで、施設の建屋規模をコンパクトに抑えることが可能なウォーキングフロアとドラム方式を採用した。

    2015

これから

人口減少、少子高齢化に伴う労働力不足という社会的課題に対し、運営を含め、省人化に対応したさらなる効率的なごみ中継施設の提供を目指します。

これから

人口減少、少子高齢化に伴う労働力不足という社会的課題に対し、運営を含め、省人化に対応したさらなる効率的なごみ中継施設の提供を目指します。

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