モノづくりの歴史

飛行艇 Amphibian Aircraft

1936年

航空機の製造・開発に関する実績が認められ、当社の前身である川西航空機は1928年に海軍の指定工場となり、終戦に至るまで、3,000機近くの水上機と飛行艇を設計、製造した。

  • 1936年 海軍九七式飛行艇 初飛行

    海軍九七式飛行艇 初飛行
  • 1940年 二式飛行艇 初飛行

    長大な航続距離を持ち、戦中から終戦にかけて、哨戒機や輸送機として活躍した。

    二式飛行艇 初飛行
  • 1945年/1952年 航空機の製造禁止 / 解禁

    終戦と同時に航空機の製造が全面禁止に。1949年、「新明和興業株式会社」(1960年 現社名に変更)に生まれ変わった当社は1952年に製造が解禁されると、機体と発動機のオーバーホールから航空機事業を再開。

    航空機の製造禁止 / 解禁
    オーバーホールの様子
  • 1953年 新型飛行艇の開発に着手

    当時の社長の特命で航空委員会が設けられた。川西時代を含め、既存の飛行艇は「波浪に弱い」という弱点があり、「耐波性がよく、荒海での離着水が可能な飛行艇を開発できれば、新たな用途が開けるだろう」と考えた。そこで、波高3mの荒海でも離着水可能な飛行艇を目標に掲げ、開発に着手。

  • 1959年 新型飛行艇の基礎設計が終了

    最大の課題である3mの荒波への着水を可能にするべく「水上滑走中の飛沫を消す」ために「溝型波消装置」を4年掛けて開発、第二の課題であった「荒海への安全な離着水」のため、極低速飛行を実現する「高揚力装置」の開発によりSTOL(Short Take Off and Landing)性を確立し、基礎設計を終了。

    風洞実験中の飛行艇木型模型
    風洞実験中の飛行艇木型模型
    溝型波消装置
    溝型波消装置
  • 1962年 「UF-XS」を用いた実証実験

    政府から発注を得るため、新型飛行艇が対潜哨戒機として最も有効であるとPR活動を行ったところ、海上自衛隊とアメリカ海軍がその技術に着目。1960年には防衛庁(当時)の方針として新しい対潜哨戒機の開発に関する方針が決定し、1962年には、アメリカ海軍を通じて供与されたグラマン社製アルバトロス機を「UF-XS」に改造し、実験飛行艇による新技術の実証を行った。実験飛行は海上自衛隊で1964年まで行われ、優れた耐波性が確認された。

    風洞実験中の飛行艇木型模型
    グラマン・アルバトロス機を改造した「UF-XS」
  • 1966年 新型飛行艇「PX-S」契約締結

    「UF-XS」の実験飛行の成功が認められ、当社は防衛庁と新型飛行艇「PX-S」開発第1号機に関する契約を締結。1967年には初飛行に成功した。

    新型飛行艇「PX-S」契約締結
    初飛行で海から離水する「PX-S」
  • 1970年 「PX-S(PS-1型航空機)」
    海上自衛隊の制式機に採用

    試験飛行などが重ねられた後、「PX-S」は海上自衛隊の制式機として承認され、「PS-1型航空機」と命名。1979年まで対潜哨戒機として、23機が活躍した。

    「PS-1」水上滑走
    「PS-1」水上滑走
  • 1973年 水陸両用飛行艇「PS-1改(US-1)」を受注

    「PX-S」成功の見通しがついた段階から、その性能を生かした多用途化の一つとして、海難救助機の開発に取り掛かっていた矢先の1973年、「PS-1」を母機とし、これを水陸両用飛行艇へと改造開発した新型機「PS-1改」第一号機を防衛庁から受注した。
    救急搬送には、陸上への着陸が必須となるため、「脚」を取り付けることが最も重要な開発のポイントだった。実証実験を何度も繰り返し、1974年10月に初飛行に成功。海上・陸上、いずれからも離発着が可能な水陸両用飛行艇が完成し、翌年3月、「US-1型救難飛行艇」として防衛庁に初号機を納入した。

    「US-1」初飛行
    「US-1」初飛行
    「PS-1改(US-1)」の内部
    「PS-1改(US-1)」の内部
  • 1981年 「US-1A型救難飛行艇」を製造

    「US-1」の7号機目から、エンジンの出力をパワーアップし、機体名称も「US-1A型救難飛行艇」に改称され、その後、2005年までに20機を防衛庁に納めた。

    離水する「US-1A」最終号機
    離水する「US-1A」最終号機
  • 1996年 「US-1A改」開発決定、
    当社が主契約者に指名される

    「US-1」の開発から約20年経った1996年10月、当社に主契約会社指名の通知が届き、川崎重工業株式会社、日本飛行機株式会社等も参画したプロジェクト「US-1A改設計チーム(US-1A Modification Engineering Team:通称USMET)」が編成され、基本設計と開発に着手した。「改造開発」の位置づけであったが、「離着水時の操縦性改善」、「搬送者の輸送環境の改善」、「洋上救難能力の維持向上」という3大課題をクリアしなければならず、新規開発に匹敵する開発過程があり、関係者の血のにじむような苦労と努力の結果、基本設計を完了させた。

    USMETメンバーによる打ち合わせ
    USMETメンバーによる打ち合わせ
  • 2003年 「US-1A改」初飛行試験を実施

    基本設計が完了した後、USMETメンバーは各社に戻り、担当部位の詳細設計とモノづくりを行った。各社で製造された部位を甲南工場で組み立てた初号機が完成した。2003年4月に「US-1A改ロールアウト式典」を実施し、同年12月に初飛行試験を行い、無事成功した。

    「US-1A改」試作1号機
    「US-1A改」試作1号機
  • 2007年 「US-1A改(US-2型救難飛行艇)」防衛庁に納入

    「US-1A改」は、2004年3月に試作1号機、12月に2号機と続けて防衛庁に納入した。その後、同庁による技術・実用試験を経た後、名称を「US-1A改」から「US-2型救難飛行艇」に改め、防衛大臣の部隊使用承認を得て、2007年3月に正式に部隊配備された。

    海から離水した「US-2」量産初号機
    海から離水した「US-2」量産初号機

これから

「US-2」は世界で唯一波高3mの外洋での離着水が可能な性能を備えており、インドをはじめ、諸外国からも注目を浴びているほか、新たな用途として火災消火や延焼防止を目的とする「消防飛行艇」の研究も進めており、さらなる活躍が期待されています。

これから
消防飛行艇(イメージ図)

これから

「US-2」は世界で唯一波高3mの外洋での離着水が可能な性能を備えており、インドをはじめ、諸外国からも注目を浴びているほか、新たな用途として火災消火や延焼防止を目的とする「消防飛行艇」の研究も進めており、さらなる活躍が期待されています。

これから
消防飛行艇(イメージ図)
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