沿革

歴史映像紹介

現在当社は、「航空機」「特装車」「パーキングシステム」「流体」「産機システム」と幅広い領域で事業を展開しています。
なぜ、これほど多種多様な事業を展開することになったのか、その答えは、当社の歴史にあります。

歴史映像「挑む技術、守る技術」では、創業前のエピソードを盛り込んだ創業期から、時代の流れとともに事業や製品が現在の姿に進化を遂げる様子と、その間、変わらず持ち続けた技術への熱い思いを映像で綴りました。

※映像上で登場する「企業理念」等の理念は、制定当時の内容となります。現在の理念につきましては、「新明和グループの理念」をご参照ください。

挑む技術、守る技術

社会の歩みとともに(創業期〜2010年)

[再生時間:25分48秒]
2010年1月制作 2014年12月改訂
※再現映像は、現在の社内安全基準に合わせ撮影を行っております。

ダイジェスト

当社の歴史は、「川西機械製作所 飛行機部」を設置した1920(大正9)年が起点となります。
社長 川西龍三の飛行機への熱き想いと、設計者 菊原静男を筆頭に優れた技術者が集結。航空史に残る数多くの名機を生み出しました。
戦後、航空機製造が禁止される中、1949(昭和24)年には「新明和興業株式会社」を設立。
「いつか飛行機をつくる」という想いを胸に、航空機製造で培った技術力を発揮し、生き残りをかけて現在の主要事業の先駆けとなる製品開発を進め、現在の主力事業「特装車」の原点となるダンプトラックの開発に成功するなど、同業界において不動の地位を確立しました。
しかし、状況は一転し、日本経済が驚異的なスピードで成長をとげ、当社も事業拡大を進めていた矢先に、第一次オイルショックに見舞われ、世界的大不況の渦へと巻き込まれていきます。

その渦中に長年積み上げてきた飛行艇の技術が花開き、1967(昭和42)年には国産飛行艇、1974(昭和49)年には国産初の水陸両用飛行艇の開発に成功。
戦後、新事業として立ち上げた水中ポンプなどの流体製品、自動電線処理機やごみ中継施設などの産機・環境システム、機械式駐車設備などのパーキングシステムでは時代に即した「省エネ」「省力化」をテーマに改良開発やシステム化に取り組みます。
その一方で、採算の合わない事業からの撤退も英断。
先人たちが切り拓き、立ち上げた数々の事業。新明和工業は、「技術力で社会に貢献する」ことに徹し、世の中が求めるものを提供し続けてきました。