沿革

歴史映像紹介

現在当社は、「航空機」「特装車」「パーキングシステム」「流体」「産機システム」と幅広い領域で事業を展開しています。
なぜ、これほど多種多様な事業を展開することになったのか、その答えは、当社の歴史にあります。

「歴史映像1」では、時代とともに事業や製品が進化を遂げる一方で、常に変わらない技術への想いを映像で綴りました。
未来への起点が、ここにあります。

挑む技術、守る技術

社会の歩みとともに(創業期〜2010年)

[再生時間:25分53秒]
2010年1月制作 2014年12月改訂
※再現映像は、現在の社内安全基準に合わせ撮影を行っております。

ダイジェスト

当社の原点は、日本で最初の飛行機会社(1918〔大正7〕年)。その2年後の1920(大正9)年には「新明和工業」の母体となる「川西機械製作所 飛行機部」を設置。
社長 川西龍三の飛行機への熱き想いと、設計者 菊原静男を筆頭に優れた技術者が集結。航空史に残る数多くの名機を生み出しました。
戦後、航空機製造が禁止される中、1949(昭和24)年には「新明和興業株式会社」を設立。
「いつか飛行機をつくる」という想いを胸に、航空機製造で培った技術力を発揮し、生き残りをかけて現在の主要事業の先駆けとなる製品開発を進めていきます。
しかし、状況は一転し、日本経済が驚異的なスピードで成長をとげ、当社も事業拡大を進めていた矢先に、第一次オイルショックに見舞われ、世界的大不況の渦へと巻き込まれていきます。

その渦中に長年積み上げてきた飛行艇の技術が花開き、1967(昭和42)年には国産飛行艇、1974(昭和49)年には国産初の水陸両用飛行艇の開発に成功。
戦後、新事業として立ち上げた産業機器関連事業では時代に即した「省エネ」「省力化」をテーマに改良開発やシステム化に取り組みます。
その一方で、採算の合わない事業からの撤退も英断。
先人たちが切り拓き、立ち上げた数々の事業。新明和工業は、「技術力で社会に貢献する」ことに徹し、世の中が求めるものを提供し続けてきました。
そして、2009年11月には、創立60周年を迎えます。
これを契機に、還暦の年を単なる通過点とせず、新しく生まれ変わる起点とするため、翌1月に「グループ基本理念」を制定し、新明和グループが目指す姿を明文化しました。